転職の広告って多いですよね。これまでは終身雇用、年功序列などというのが日本の会社の特徴と言われてきましたが、現代では新入社員の多くが入社3年目までに辞めて、違う会社に転職するのだそうです。
「だそうです」などと言いましたが、何を隠そう、私もこれまで数回の転職を経験してきました。私が大学を卒業したのは1983年という遠い昔。第一勧業銀行(現みずほ銀行)という当時の花形、都市銀行に就職しました。この時代は私が卒業した東京大学をはじめ有名大学の卒業生はこぞって銀行の扉をたたく時代。今風にいえば勝ち組の選択だったのです。
ところが入行して一年目で私はすっかりやる気をなくしました。東京の新宿区四谷の支店に配属になったのですが、仕事がてんでつまらない。預金課というところで来る日も来る日も窓口で受け付けた伝票の入力処理ばかり。女子行員がたくさんいて、彼女たちとおしゃべりしたり一緒にご飯を食べにいくなどは楽しいのですが、仕事が自分の将来に何の役に立つのか皆目わかりません。
すっかり不貞腐れてすぐに「辞めたい」などとぬかしました。そのとき上司に言われたこと。
「君ねえ、石の上にも三年というだろ?三年たってから言いたまえ」
なるほどと思って殊勝にも三年待ちました。結果は同じでした。やめよう!それが私の人生を変えました。ただし、三年やってみたことは無駄ではありませんでした、と今となっては思えます。
ビジネスマナーは身に付きました。癖のあるお客様に揉まれました。五年やってはだめだったかもしれないけれど、三年はいちおう「経験」になったからです。
転職した先はボストンコンサルティンググループというコンサルファーム。来る日も来る日も「おまえは馬鹿だ。頭が固い。ぜんぜんだめ」と言われ続けました。今時でいうパワハラの嵐でした。
指摘は正しくただただ自分の未熟さに悔しくて泣きそうになりました。でもたまたま担当した信託銀行の中期経営計画策定プロジェクトで担当した不動産がその後の私の人生を決定づけました。このころになると仕事のなんたるかがわかってきました。
都合六年半の探求期間を経て三井不動産というデベロッパーに入社しました。公募初の中途採用でした。以降16年間、私は不動産のプロとしての一つの柱みたいなものを見つけることができました。
やりがいだとか、価値のある仕事だとか、就職のときはいろいろ言うけれど、そんなに簡単に自分にあった仕事なんてない。仕事は苦しいことも楽しいこともあって仕事なんだなと今さらになって思います。もっと人生を俯瞰して生きよう。生き方なんていくらでもあるのですから。マニュアル通りの人生なんてないのです。